最新機器のある薬局への転職に心が躍ります

いつももらっている「薬袋」ってよくみてますか?

調剤薬局でお薬をもらうとき、紙袋にお薬をいれてくれますね。
あれを「薬袋(やくたい)」っていいます。
薬袋って、よくご覧になっていますか?意外と、各薬局で違うのですよ。
昔ながらに、手書きでお名前が書いてあって、1日何回、飲む時間が記載されているところもありますね。
基本的に、飲む時間が同じものでまとめられ、数袋に分かれますよね。

この薬袋、いろんな種類があるのをご存知ですか?
後ろが透明になっていると、どのお薬が入っているのか、袋をくるっとひっくり返すと袋から取り出さずにわかるので便利です。
薬袋に、薬剤情報(お薬の説明書ですね)が印字されているものもあります。
出されたお薬が、一枚の紙にまとめられた薬剤情報の紙が渡されるところが多いでしょうか。
全体的に自分の飲むお薬について知りたいときは、この1枚で済むものは助かりますが、そのお薬ごと、となると薬袋に直接ついているのは便利で、紛失・探す手間も防げます。

最近では、一包化といって、シートから錠剤がだされ、1度に飲むお薬を透明ないし、透ける袋に小分けにされてだされることも増えているかと思います。
子どもの粉薬などは、とくにこのながーいシートで出てきますね。
家族に、二人以上薬を飲む生活の中で、この小さい袋に、名前、飲む時間、薬剤名がすべてに印刷されているものに出会ったことがあります。
子どもが二人、同時に風邪をひいたときなど、この印字にすごく助けられました。
どっちに何を飲ますか、わからなくならないので。
もちろん、この分包機は最新式だと思います。
まだまだ印字されてないところが多いのではないでしょうか。
コンピューターに入力、出力と、時間がかかるかもしれません。
子どもは少しでも早く帰りたいし、待ち時間が長くなることはつらいのですが、薬袋もいっぱい、薬もいっぱい。
誰にどの薬を飲ませるか!となったときに、この粉薬の袋に、名前と飲む時間、薬の名前がかいてあると、確認の手間が省けて、確実にその子どもに飲ませられるので、母親としては、とても便利に感じました。

なんとなく、調剤薬局はその病院の目の前でいただくことが多いでしょう。
でも、最近の調剤薬局では、使っているシステムの機器も多種多様です。
その点からも、自分の「かかりつけ薬局」を選ぶ際、どんな袋に入っていたら、毎日便利かな?と考えてみると、よりよい毎日を送れる気がします。

私は出産前まで薬剤師として働いていたのですが、子育てが落ち着きつつある今、また薬剤師として復職したいと強く思うようになりました。
ブランクを空けての復職となりますが、昨今の調剤薬局は最新のシステムの導入が多くなっているので、大変な転職活動も今からとっても楽しみです!
<<薬剤師 求人 ブランク>>

大目玉をくらった病院に看護師として派遣された姉

私は小さい頃から笑いのツボが浅く、ささいなことでも笑ってしまいます。
普通に笑うだけであれば問題ないのですが、笑うときは、常に引き笑いになってしまうのです。おまけに、想像力が豊かで、ふと変な想像をしてしまうと、笑いのスイッチが入ってしまいます。それが原因で、姉が入院してしていた病院で問題になってしまったのです。

あれは、姉が盲腸で入院した時のことです。
私は、母と一緒に姉のお見舞いに行き、姉が暇にならないように話し相手をしていました。病院嫌いということもあり、初めて行った日は話しに盛り上がることなく、ひそひそと話して帰りました。しかし、入院が長引くごとに私も病院に慣れていき、話しが盛り上がっていきました。病院ということもあり、最初は少し小さな声で話していたのですが、段々とうるさくなっていき、よく看護師さんに怒られていました。そしてついにやってしまったのです。

確か姉と、イケメンな医者や看護師の方がいるかについて話していたと思います。そこで、姉がある先生がイケメンだと言い、私は携帯でホームページに載っていないかを調べてみました。すると、同じ名前の人がいました。私は、ルンルンな気分でその名前をクリック。そして、出てきた顔を見ると、全くイケメンではなく、おじさんでしかも剥げている。もう、私の笑いのツボがスイッチオンに。私の引き笑いが病室に響き渡り、廊下にまでも響いてしまったのです。

姉の洗濯をしていた母が猛ダッシュで駆けつけます。しかし、もう私の引き笑いは止まりません。母の必死の顔にさらに引き笑い。もう誰にも止められません。しばらくすると、看護師も来ました。さらに、母が焦ります。さすがの私もやってしまったと思い、冷静に。もう帰るしかありません。廊下で母に怒られながら、しばらくはお見舞いには行けないなと反省し、下を向きながら歩いていました。

ふと、顔を上げるとホームページで見た医者がいるではありませんか。再び、私の笑いのツボがスイッチオン。もう二度とこの病院には行けないと確信しました。
ですが、数年後、なんと看護師になった姉がこの病院で派遣看護師として働くことに!!結婚して苗字が変わっている姉ですが、あの時お世話になった医者や看護師さんもまだ数名残っているそうで、いつ引き笑いで大目玉をくらった患者だとバレるか冷や冷やしているそうです。ごめんね、お姉ちゃん・・・【看護師 派遣 単発 大阪

旦那が言ってくれた言葉


私は結婚を機にそれまでの仕事を辞め、全く慣れない土地に引っ越しました。

それこ初めにしたことは仕事探し。
しかし、それまで住んでいたところと違い、なかなか正社員で雇ってくれるところもなく、契約社員でもかなりラッキーなくらいでした。

何とか自分の力を活かせそうな契約社員の仕事をゲットしましたが、なんとそこは同族系の超ブラック企業で、支店長クラスの人でさえ年収400万ほど。
正社員の同僚は、私よりちょっと給料はいいもののボーナスなし、社会保険なし、有給休暇5日のみ。
営業成果上げても昇給なしだが下がれば減給、退職金なしでした。
私は事務系でしたが、一日最低12時間労働、社会保険なし、有給なし、残業代なし、ボーナスなし、退職金なし。
また、毎日配達員の手伝いと言うことで男性並みの力仕事アリでした。
しかし、なかなか仕事が見つからないこちらでやめる勇気もなく、しばらく続けていました。

そのうち食欲も落ちていき、夜もなかなか眠れなくなりました。
しかし年末の大忙しの時期を乗り越えようとしている時、いきなり過労のような症状が出てきて、私は職場で倒れてしまいました。
あわてて旦那が迎えにきて、数日ほど自宅療養でした。
旦那は「本当にごめん、自分が気づいてあげられなかった。お願いだから今の仕事はやめてしっかり食べてしっかり寝て。働くとしても一週間40時間以上は働かないで。」と。
そして、「将来、元気な赤ちゃんほしいから、毎日健康でいて」と。

結婚してすぐにでも子供が欲しいともっていた私に対して、しばらくはいらないと言っていた旦那。
このままじゃ一生子供できないんじゃないかとか思ったり、それならいっそのこと離婚して元の場所に戻って、新たな仕事を探したほうがいいのかと本気で考えていた時期もありましたが、その言葉を聞いて、このまま旦那の元にいようと決心できました。

あれからひと月たった今でも若干の体調不良には悩まされていますが、めげずに元気になって行こうと思います。